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セミの共生菌は冬虫夏草から進化した

関連の写真と図

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図1。クマゼミ(左)とイワサキクサゼミ(右)

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図2。ニイニイゼミと共生器官内の共生細菌

(A)メス成虫

(B)腹部の解剖図。卵巣の両脇に菌細胞塊とよばれる共生器官が発達している。

(C)摘出したぶどうの房のような菌細胞塊。

(D)菌細胞塊に保持される共生細菌のサルシア(マゼンタ)とホジキニア(緑)。青はDNAを示す。

(E)共生細菌の透過電子顕微鏡像。Sはサルシア、Hはホジキニアを示す。

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図3。アメリカ大陸のセミ類から同定された様々なホジキニアの環状ゲノム配列

(A)Diceroprocta semicincta

(B)Tettigades ulnaria

(C)Tettigades undata

(D)Magicicada tredecim (ジュウサンネンゼミ)

DICSEMとTETULNのホジキニアはヒスチジンとメチオニン合成に必要な遺伝子をすべて同じゲノム内に保持しているが、TETUNDとMAGTREはそれぞれ2つ、数十のゲノムに別々に遺伝子が維持されている。 B12(コバラミン)合成経路はメチオニン合成にも使われる。
(Campbell et al. 2015. PNASより改変)

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図4。ツクツクボウシとアブラゼミの共生器官と共生真菌

(A)ツクツクボウシのメス成虫

(B)菌細胞塊と脂肪体組織

(C)脂肪体から漏れ出た酵母様真菌

(D)菌細胞塊に保持されるサルシア(マゼンタ)、DNA(青)

(E)脂肪体に保持される共生真菌(黄)

(F, F’)共生真菌の透過電子顕微鏡像。Yは共生真菌、cwは細胞壁、nは核、vは液胞を示す。

(G)アブラゼミのメス成虫

(H)菌細胞塊と脂肪体組織
(I)菌細胞塊から漏れ出た酵母様真菌
(J)菌細胞塊に保持されるサルシア(マゼンタ)、共生真菌(黄)、DNA(青)
(K)何も共生していない脂肪体

(L, L’)共生真菌の透過電子顕微鏡像。Yは共生真菌、Sはサルシアを示す。

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図5。ツクツクボウシとアブラゼミの卵巣に感染する共生真菌

(A)ツクツクボウシの卵巣

(B)アブラゼミの卵巣。サルシア(マゼンタ)、共生真菌(黄)、DNA(青)。

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図6。宿主セミの系統樹、共生真菌およびセミタケ類の系統樹分岐パターンの比較

(A)セミのミトコンドリアゲノム配列にもとづく系統樹

(B)セミ共生真菌およびセミタケ類の

18S rRNA、28S rRNA、RPB1、RBP2、EF-1α遺伝子にもとづく系統樹

図中央の破線は宿主昆虫と共生真菌または寄生性のセミタケ類との関係を示す。

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図7。寒天培地上で単離培養されたツクツクボウシの共生真菌、ゲノム中の必須アミノ酸合成経路の一部

(A)培養期間1ヶ月のコロニー

(B)培養期間3ヶ月のコロニー

(C)ヒスチジンとメチオニンの合成経路

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図8。宿主セミの生活史にもとづく寄生菌から共生菌への転換についての概念図

 

【発表概要】

琉球大学 熱帯生物圏研究センターの松浦 優(まつうら ゆう)助教、産業技術総合研究所の深津武馬(ふかつ たけま)首席研究員らとモンタナ大学の共同研究チームは、沖縄を含む日本各地から採集したセミ類24種の共生微生物(細菌と真菌)を大規模に調査し、15種のセミから祖先的な共生細菌が失われ、その代わりに寄生性の冬虫夏草を起源とする真菌類との共生関係が繰り返し進化してきたことを発見しました。本研究は、動物と微生物の間にみられる寄生関係から共生関係への進化を明示しており、共生微生物の進化的な起源に関する実証例として非常に重要です。

一般的に、冬虫夏草はさまざまな昆虫類などに感染し特徴的なキノコを生やす真菌類として知られていますが、漢方に利用されてきた長い歴史があり、創薬においても免疫抑制剤などの有用な生理活性物質の産出菌として注目されていることから、今後は、沖縄を中心とする亜熱帯地域の南西諸島でもっとも多様性が高いセミ類(図1)とそれらの共生真菌を対象とした生物資源の探索、そしてそれらの産業への応用に期待が高まります。

また、本研究では、重要な農業害虫を多く含むカメムシ目昆虫の共生真菌を世界で初めて単離培養することに成功し、その概要ゲノム配列を決定しました。近縁な寄生菌はこれまでに生物農薬としての応用実績があり、今回得られた共生真菌株の詳しい研究が新たな害虫防除法の開発につながることも期待されます。

この成果は2018年6月12日に国際学術誌 Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載されました。

 

 

【論文情報】

論文名:Recurrent symbiont recruitment from fungal parasites in cicadas

著 者:松浦 優 1,2、森山 実 2、Łukasik Piotr 3、Vanderpool Dan 3、棚橋薫彦 4

孟 憲英 2、McCutcheon John 3、深津武馬 2

所 属:1 琉球大学 熱帯生物圏研究センター、2 産業技術総合研究所 生物プロセス

 研究部門、3 University of Montana、4 台湾国立交通大学

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA

DOI:10.1073/pnas.1803245115

URL:www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1803245115

プレスリリースはこちらから

 

【研究内容】

・セミの食生活と2種類の共生細菌

ニイニイゼミ(図2A)、クマゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシなどのセミ類はオスの大きな鳴き声が夏の風物詩としてよく知られる、わたしたちにはおなじみの昆虫です。セミは植物の汁である導管液だけを吸って生きていますが、導管液はほとんどが水で、ごくわずかなアミノ酸や糖、無機塩類しか含まれていない非常に貧しい栄養源です。しかし、セミ類の体内には菌細胞塊という共生器官(図2B, C)が発達し、その細胞内に共生細菌をすまわせています。そしてサルシアとホジキニア(図2D, E)とよばれる2種類の共生細菌が必須アミノ酸や一部のビタミンを合成してくれることで、このような貧弱な餌資源に依存しながらもセミ類は幼虫で何年もの地中生活を経てゆっくりと大きな成虫へと成長し、子孫を残してきたと考えられています。特に共生細菌サルシアは恐竜が出現するより以前の祖先から2億6千万年もの間セミの仲間と共生し、母から子へと受け継がれてきたと推定されています。

・滅びつつある共生細菌ホジキニア

アメリカ大陸産のセミ類を対象にした先行研究では、サルシアは8種類の必須アミノ酸合成に特化していて、大腸菌の約1/20というとても小さなゲノムをもつことが報告されています。一方で、ホジキニアはさらに小さなゲノム(大腸菌の~1/33)をもち(図3A, B)、主に2種類の必須アミノ酸とビタミン合成の一部を担い、サルシアには存在しない機能を補っています。しかし、興味深いことに、一部のセミ種においてはホジキニアのゲノムが分断化され、アミノ酸合成に必要な遺伝子セットが別々に維持されていて、場合によっては十数個を越えるゲノム集団をもってようやく必要な機能を発揮できる状態であることが最近になって報告されました(図3C, D)。このことは、もし、なんらかのきっかけでホジキニアの一部が失われてしまえば、宿主のセミは必要な栄養素を獲得できず滅びてしまう可能性を示唆していますが、このような危機を生物がどのように乗り越えていくのかは進化生態学的にとても重要な問題です。そこで今回、全く研究が進んでいなかった日本のセミ科2亜科15属35種のうち、24種(内半数が沖縄を中心とする南西諸島産)について大規模な共生微生物の調査を実施したところ、これらのセミ類の多くではホジキニアが全く異なる微生物と置き換わっていることを発見しました。

・日本産セミ類の共生微生物の探索

日本各地から採集したセミ類の共生細菌をさまざまな手法で調査した結果、24種73集団219個体全てがサルシアを保持していました(表1)。また、サルシアのゲノム解析により、ほとんどのサルシアでは8種類のアミノ酸合成経路が保存されていることがわかりました。一方、ホジキニアについては、ニイニイゼミ属、エゾゼミ属、エゾチッチゼミ、クロイワゼミ、ツマグロゼミなどの9種では、従来の報告のようにゲノムの分断化が進んではいるもののその存在は確認できたのに対し、クマゼミ属、アブラゼミ属、ハルゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、オオシマゼミ、オキナワヒメハルゼミ、イワサキクサゼミなどの15種はDNA解析や顕微鏡観察手法を駆使しても、ホジキニアが全く見つかりません(表1)。それでは、これらのセミはどのようにして残る2種類の必須アミノ酸を確保しているのでしょうか?この疑問を解決するため、さらに詳しい微生物の探索を進めると、実は共生細菌ではなく酵母の様な形態をした真菌がこれら15種のセミ類の体内に共通して保有されていることに気づきました(図4A-C, G-I)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬虫夏草からの進化が明らかに

そこで、この真菌の正体を同定するため、DNAを抽出し、18S rRNA遺伝子の塩基配列を決定して分子系統解析を実施したところ、セミタケ、ヤクシマセミタケ、エゾハルゼミタケなどのセミ寄生性の冬虫夏草(Ophiocordyceps 属)に非常に近縁であることがわかりました。蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法と透過電子顕微鏡により腹部の組織を詳細に観察すると、ツクツクボウシやクマゼミでは脂肪体に、アブラゼミやミンミンゼミでは菌細胞塊に、それぞれ真菌が保持されていることがわかりました(図4D-F, J-L)。メス成虫では卵への感染もみられ、これらは母から子へと受け継がれる共生真菌であることが示唆されました(図5A, B)。次に、セミと共生真菌の共生進化の歴史を推定するために、宿主セミのミトコンドリアゲノム、共生真菌および近縁な冬虫夏草の5遺伝子配列を用いて作成した系統樹を比較解析したところ、セミ科全体ではホジキニアから共生真菌への置き換わりが少なくとも3回は起きたこと、その後にもセミ寄生性の冬虫夏草が繰り返し共生真菌へと進化してきたことが示唆されました(図6)

セミの共生真菌についてさらに詳しく調べるために、寒天培地上での単離培養を試みたところ、多くは培地での生育が確認できませんでしたが、唯一ツクツクボウシの共生真菌の培養株を得ることに成功しました(図7A、B)。この培養株を用いてPacBioシーケンサーにより概要ゲノム配列を決定したところ、全てのアミノ酸、ビタミンBの合成系や窒素循環などさまざまな栄養代謝機能に関わる遺伝子をもつことが判明しました。ホジキニアが担っていた2種類の必須アミノ酸の合成系もみつかり、共生真菌がこれらの機能を補完できることがわかりました(図7C)

これらの結果をまとめると、セミ類において共生細菌サルシアは維持されてきた一方で、多くの種ではホジキニアが酵母様の共生真菌へと置き換わってしまったこと、共生真菌はセミに寄生する冬虫夏草から何度も繰り返し進化してきたこと、共生真菌はホジキニアが担っていたアミノ酸合成の機能を肩代わりでき、さまざまな利益をセミにもたらしうること、などがわかりました。

・冬虫夏草はなぜ共生真菌になったのか?

現時点では、冬虫夏草が共生真菌へと進化した要因や過程の詳細は不明ですが、幼虫期に長い年月を地中で過ごすセミの一生において、重要な転機が訪れただろうと考えています(図8)。たとえば、以下のような仮説を考えています。あるセミ種の集団においてホジキニアが十分に機能しなくなってしまった時に、同じアミノ酸を合成できる冬虫夏草が体内に寄生していれば、いつか食い殺されてしまうコストがあるとはいえ、必要な栄養素を獲得できる利益のほうが重要ですので、高い確率で寄生菌がセミの集団中に広がっていきます。そのような寄生菌の中には、セミの長い一生のうちに病原性を失うような突然変異が生じ、宿主を殺さなくなる系統も現れるでしょう。さらに、その系統が次世代へと受け継がれ、共生的な生活環への進化が起こり、結果として、役に立たなくなってしまったホジキニアが共生真菌と完全に置き換わってしまう、というシナリオです。冬虫夏草にとっても、セミの母から子に受け継がれ集団全体に維持されるようになれば、寄生菌として存在するよりも生存に有利となるかも知れません。

 

【今後の予定】

今後は、セミ類と冬虫夏草の多様性がもっとも高いことで知られる沖縄をはじめとする亜熱帯・熱帯の島嶼域を中心として調査を継続していきます。そして、セミタケなどの寄生性の冬虫夏草とセミ共生真菌のゲノムの比較解析を実施し、宿主昆虫を殺す寄生から、生かす相利共生へと進化していく過程で病原性の遺伝子、生物機能などがどのように変化したのかを明らかにする予定です。さらに、同じような共生現象を探索するため、さまざまな昆虫類の冬虫夏草の感染状況や土壌環境における分布についても広く研究を展開していきます。最後に、今回得られた共生真菌の培養株を利用すれば、昆虫への感染実験や有用な生理活性物質の同定が可能となるので、害虫防除や産業への応用も見据えて研究を進めていければと考えています。

 

【助成金】

本研究の一部は、文部科学省・科学研究費補助金、公益財団法人発酵研究所・一般研究助成の支援を受けて実施しています。

 

【用語の解説】

冬虫夏草

子嚢菌門ボタンタケ目に属する主に昆虫寄生性の真菌類の総称。生きた昆虫類その他の節足動物に感染して殺し、キノコ(子実体、分生子束)を生やして胞子(子嚢胞子、分生子)を形成する。越冬している昆虫が夏になると植物に変化するように見えるため、古来このように呼ばれてきた。狭義には漢方薬として珍重されるシネンシストウチュウカソウ(Ophiocordyceps sinensis)を指す。

免疫抑制剤

免疫機能を阻害するはたらきをする薬剤。アレルギー疾患や自己免疫疾患の治療や、臓器移植の際に拒絶反応を抑えるために用いられる。フィンゴリモドという免疫抑制剤は、セミ寄生性の冬虫夏草の一種から見つかった物質を元に開発された薬剤である。

生理活性物質

わずかな量で生物の生理状態や行動に効果をもたらす物質。

概要ゲノム配列

ほぼ全容が解読されているが、一部、未完成な部分が残っているゲノム配列のこと。概要ゲノム配列でも、遺伝子探索などの目的には十分有用である。

道管液

植物の道管を通る液体で、主に根から吸い上げた水分や養分を運ぶ役割を担う。成分はほとんど水であるが、無機養分やごく微量のアミノ酸を含んでいる。

必須アミノ酸

アミノ酸のうち、動物が自ら合成できず食物や共生微生物からの供給を必要とするもの。

ビタミン

動物が自ら合成できず、外部から摂取する必要がある微量栄養素。主に酵素の働きを助ける役目をする。

セミタケ類

セミタケ、オオセミタケ、ヤクシマセミタケ、エゾハルゼミタケなど、冬虫夏草のうちセミ類に寄生するもの。大部分は幼虫に寄生し、地中から独特な形状のキノコ(子実体)が現れる。

 

【引用文献】

Campbell MA, Van Leuven JT, Meister RC, Carey KM, Simon C, McCutcheon JP.  2015. Genome expansion via lineage splitting and genome reduction in the cicada endosymbiont Hodgkinia.  Proceedings of the National Academy of Sciences USA, 112: 10192–10199.

 

 

 

表1。セミ科24種の共生微生物調査の結果。日本産セミ類35種のうち24種について、それぞれの種の複数の個体と集団を対象に、異なる手法で微生物の感染状況を調査した結果のまとめ。

+ = 検出あり、− = 検出なし、✔︎ = 今回の研究で実施した。サルシアは全種において確認されたが、ホジキニアが全く検出されなかったセミが15種存在する。これらの種には未知の真菌が感染していた。

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