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魚類ゲノム進化3億年の謎に迫る

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【概要】

魚類の中心的グループである真骨魚類(約2万6千種)では、3億年前にゲノム(全遺伝情報)がいったん全て倍になったあと、コピーされた遺伝子がまとまって欠失して、急速に今のような姿のゲノムに再構成されたことが、琉球大学の西田睦理事・副学長がチームリーダーを務める研究チームによって明らかにされました。このイベント後に真骨魚類は爆発的に多様化していくことになります。

私たちヒトを含む脊椎動物は、過去に 2〜3 回のゲノムが重複するイベント (全ゲノム重複 ※1 ) を経験したことが知られていますが、このイベントが脊椎動物の進化にどのように影響を及ぼしたのかは、まだほとんど分かっていません。今回の緻密なゲノム進化解析の結果、約3億年前に真骨魚類の祖先のみに生じた3回目の全ゲノム重複のあと、ゲノムの再編成が急速に進み、真骨魚類の本格的な多様化が起こる前にはゲノムの基本構造ができあがっていたことが明らかになりました。

「今回の研究は、重複後のゲノム進化の様子を時間軸に沿って明確にした最初の例であり、生物の進化とゲノム再編の関係を探る上で大きな一歩を踏み出せたと思います」と西田理事は述べています。成果論文は、2015年11月17日に、世界で最も権威ある総合学術誌のひとつである米国科学アカデミー紀要(PNAS)オンライン版に掲載されました。

 

【論文情報】

題名:Rapid Genome Reshaping by Multiple-Gene Loss after Whole Genome Duplication in Teleost Fish suggested by Mathematical Modeling

和訳:真骨魚類の全ゲノム重複後に進行した多重遺伝子欠失による急速なゲノム再形成:数理モデルによる示唆)

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)2015 年 11 月 17日 オンライン版に掲載。

著者:Jun Inoue1, Yukuto Sato1, Robert Sinclair1, Katsumi Tsukamoto, and Mutsumi Nishida2

1 Contributed equally to this work (共同第1著者)

2 Corresponding author (責任著者)

 

井上 潤(沖縄科学技術大学院大学 数理生物学ユニット 研究員)

佐藤行人(東北大学メディカル・メガバンク機構 助教)

シンクレア ロバート(沖縄科学技術大学院大学 数理生物学ユニット 准教授)

塚本勝巳(日本大学 生物資源科学部海洋生物資源科学科 教授)

西田 睦(琉球大学 理事・副学長)

 

【研究のきっかけ】

全ての脊椎動物は、その祖先の段階で2~3回の全ゲノム重複を経験しています(図1)。ゲノムという遺伝情報のセットがいったん倍になるという劇的な現象は、脊椎動物の成立に大きな役割を果たしたはずですが、実際ゲノム進化がどのように脊椎動物の発展に関わったのかは謎に包まれています。その謎の一つは遺伝子数です。例えば真骨魚類では、約3億年前に独自の全ゲノム重複を経験し、遺伝子の総数がおよそ2万から4万個に倍化したものの、今では四足類(両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類)とほぼ同じ約2万個に戻っています。このことは、真骨魚類が余分な遺伝子を失いつつ、新たな遺伝子を獲得して進化したことを示唆しています。しかし、倍加した遺伝子は互いによく似ていることもあり、真骨魚類の遺伝子が四足類のどの遺伝子に対応するかなどがはっきりせず、比較が困難なために遺伝子の進化について深い探求ができないのが現状でした。

そこで研究チームは、最近の研究によりその全遺伝情報が解読された魚類が増えてきたことをふまえ、分子系統解析 ※2 を生かした大規模なゲノムデータ解析によって、この停滞状況を打破することを考えました。

 

写真。メダカ(上)とゼブラフィッシュ(下)。

今回の研究では、真骨魚類であるこれらのゲノム構造を比較しました。

(撮影:前田健 沖縄科学技術大学院大学 研究員)

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図1。主要な脊椎動物の進化パターンと遺伝子数。

主要な動物グループ間の類縁関係と、脊椎動物に大きな影響を及ぼした3回の全ゲノム重複。この研究は、真骨魚類・全ゲノム重複が魚類の進化に与えた影響に注目している。

【ゲノムデータ解析】

研究チームは、まず大量のゲノム情報から、種間で比較可能な祖先を同じくする遺伝子を見つけ出すために、論文第一著者である沖縄科学技術大学院大学の井上潤博士を中心に、進化学の本格的な分析手法を適用した解析プログラムを新たに開発しました。そしてそれを用いた分析結果と、分岐関係と分岐年代の信頼度が高まった脊椎動物の最新の系統樹(図2A)を活用して、真骨魚類の進化過程で重複した遺伝子が欠失・残存するパターンの解析を試みました。その結果、全ゲノム重複の後に遺伝子数は急激に減少し(第1フェーズ)、その後は緩やかに欠失(第2フェーズ)していることが分かりました(図 2C グラフの実線)。

この第1フェーズの減少の程度は、先に予備的研究で見出していた以上に急激なものでした。そこで、この遺伝子の欠失パターンの背景を探るため、遺伝子欠失のメカニズムをモデル化した新たな数理解析を導入しました(図2C)。すると、第1フェーズの急峻なカーブで示された減少過程は、全ゲノム重複後のわずか6千万年余りの短い期間に重複遺伝子の約8割がブロックとしてまとまって失われたことによって引き起こされたと推定されました。一方、第 2 フェーズの緩やかなカーブで示された減少過程は、遺伝子が個別に欠失したことによるものと推定されました。

さらに研究チームは、祖先を同じくする遺伝子のゲノム上の位置を手がかりにゲノム構造を比較しました(図2B)。すると、四足類と真骨魚類間(ヒト対メダカ)では大きく異なるものの(図2B上の円内部の線が激しく交差している)、真骨魚類同士(ゼブラフィッシュ対メダカ)では非常に類似していることがわかりました(図2B下の円内部の線がほぼ交差していない)。

以上を総合すると(図 2C下)、全ゲノム重複の直後(第1フェーズ)に主に遺伝子のブロック欠失によって急激な遺伝子欠失が生じて、真骨魚類の基本的なゲノム構造が形成されたと言えます。それでは、これら2段階にわたる遺伝子欠失は、真骨魚類の特徴形成において何を意味するのでしょうか?  種数を比較してみると(図 2A)、真骨魚類ではその97%にあたる約2万6千もの多様な種が第2フェーズで出現しています。すなわち、真骨魚類の爆発的な多様化は、第2フェーズで見られる各系統独自の遺伝子別の欠失や、重複遺伝子の片方あるいは双方の別の機能を持つ遺伝子への変化と深く関わっていることが推測されます。

 

【今後の展望】

今後、真骨魚類特異的な全ゲノム重複の直前に分岐したガーという魚や、ゲノム重複の直後に出現したアロワナやウナギなど真骨魚類の古い系統に属する種のゲノムデータを解析に加えることができるようになれば、ゲノムが重複する直前および直後の遺伝子の進化過程をより詳細に推定できます。

西田理事は「研究チームが開発した手法は、現時点では世界最高の精度を持っている」と考えています。これをより広く、脊椎動物進化の根幹で生じた全ゲノム重複(図1)の研究にまで適用することも考えられます。そうすれば、脊椎動物の起源と発展にせまる知見が得られることでしょう。

今回の研究では他にも重要な成果がありました。それは、全ゲノム重複後の早い時期に片方が欠失した後もずっと残ったシングルコピー遺伝子(ゲノム中に1つだけある遺伝子)1000余りを同定できたことです。これらの遺伝子は、真骨魚類の種の類縁関係でも謎のままである部分を解明するのに、有力な手がかりとなるものです。今後は、こうした系統解析面での展開も期待されます。

今回、研究チームによって考案されたゲノムの比較解析方法は、ゲノム進化研究が進むべきひとつの方向を示しています。現在では、次世代型シーケンサーの登場によりゲノム研究が飛躍的に進展し、多くの生物でゲノム解読が進んでいますが、そのデータが生物種間で適切に比較されていないため、進化研究にゲノムデータが充分に生かされていないのが現状です。本研究の成功は、遺伝子の由来を明確にした上で生物間比較をするという、進化研究の基礎を確実に固めることが、ゲノム進化研究でも重要であることを示したと言えます。

 

 

<用語説明>

※1 全ゲノム重複

生物の進化の過程において、ゲノムを構成する染色体セットならびに保持される遺伝情報がエラーによってコピーされて倍加すること。全ゲノム重複を起こして生き残った系統では、多くの場合は重複した遺伝子の片方は余分になるため、余剰遺伝子はゲノムから欠落し失われる。しかし、重複遺伝子の間でそれぞれが働く体の部位やタイミングが変化する突然変異が起こると、それらの遺伝子は余剰ではなくなるので消失できなくなり、双方とも存続することになる。このようにして生じ、存続することになった遺伝子の一部は、生物の体の複雑化に貢献していると考えられる。今から5億年以上も前のカンブリア紀に、脊椎動物の祖先では全ゲノム重複が2回起き、ゲノム全体がいったん4倍になったと考えられている。全ゲノム重複は植物ではよく見られるが、動物ではそれ以後には真骨魚類と一部の両生類でしか見られない。

※2 系統解析・分子系統解析

種間で遺伝子の塩基配列や体の形を比較して、生物が進化してきた道筋(系統)を推定する分析。このうち、系統に沿って伝達される遺伝子の塩基配列やこの遺伝情報から作られるタンパク質のアミノ酸配列などを比較データとして用いる分析を、分子系統解析と言う。

 

 

<お問い合わせ>

琉球大学 研究推進機構 研究企画室

昆 健志(主任リサーチ・アドミニストレーター)

e-mail: kontake@lab.u-ryukyu.ac.jp

 

 

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図2。真骨魚類・全ゲノム重複後の遺伝子欠失・維持パターン。

A:主要な脊椎動物グループ間の種の系統樹。

B:ゲノムの比較。2種間で対応する遺伝子を線で結んで示している(色は左側の種の染色体に対応)。

C: 真骨魚類で見られた2段階の遺伝子欠失パターン。A と C は同じ時間軸を用いている。

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