学術ニュース&研究トピックス > 2015年7月31日
学術ニュース
イモムシはアリを薬で操ってボディーガードをさせていた
【概要】
シジミチョウの幼虫(イモムシ)は、共生するアリに分泌物の「蜜」を与え、その「蜜」でアリの脳内ドーパミンの働きを抑制し、これでアリをボディーガードに仕立てて操っていたことが、琉球大学の辻瑞樹(ペンネーム 和希)教授らによる研究チームによって明らかになりました。
これまで、シジミチョウ類の多くは、幼虫期に「蜜」を分泌し「報酬」としてアリに与え、集まったアリは幼虫に付き添って寄生バチなどの天敵を排除する、というシジミチョウとアリの共生関係が一般的に知られていました。しかし、今回、シジミチョウの幼虫は、蜜というエサの報酬以上の「ボディーガード」としてのアリの能力を高めていたことがわかりました。本研究成果は、米科学誌カレントバイオロジー(Current Biology)に掲載されました。本誌は、生物学全般を対象とした学術雑誌の中でも影響力のある雑誌として知られています。
「今回の結果は、シジミチョウの分泌物は単なる栄養の報酬としての“蜜”ではなく、ドーパミンを介した行動を操作する“薬物”として用いられていることを示した新たな知見であり、“共生”という生物学的現象の一般的な理解に向けて新たな視点を提供しました」と論文著者であり研究チームのリーダーである辻教授は述べています。
【論文情報】
題名:Lycaenid Caterpillar Secretions Manipulate Attendant Ant Behavior
(和訳:シジミチョウ幼虫の分泌物は随伴アリの行動を操作する)
掲載誌:Current Biology (オンライン版)2015年7月30日付け掲載
著者:Masaru K. Hojo, Naomi E. Pierce, Kazuki Tsuji
北條 賢(日本学術振興会特別研究員/現:神戸大学大学院 理学研究科 特命助教)
ピアス ナオミ(ハーバード大学 比較動物学博物館 教授)
辻 和希(琉球大学 農学部 教授/琉球大学博物館 –風樹館– 館長併任)
【研究のきっかけ】
今まで、シジミチョウとアリの関係は「相利共生」と考えられてきました。この相利共生とは異なる生物種同士がお互いに利益を交換し合う協力関係のことを指します。相利共生は自然界の至るところでみられますが、しかしそれが自然選択*を経て、どのように進化してきたのかにはまだ謎がありました。なぜなら、自身は何も与えずに相手から利益だけを得る「裏切り者」が突然変異で生じた場合、それらは協力的な個体よりも大きな利益を得る(多くの子孫を残せる)ため裏切り者は自然選択で増えていきます。それゆえ相利共生は進化的に不安定であると予想され、相利関係を維持する上では非協力的な裏切り者をいかに排除するかが大きな課題となります。
シジミチョウ類の多くは、幼虫期に糖とアミノ酸に富んだ「蜜」を分泌し栄養報酬としてアリに与え、集まったアリは幼虫に付き添ってシジミチョウの天敵を排除します。しかしながら、この関係がお互いにもたらす利益の価値は釣り合っていません。シジミチョウの裏切りによる栄養報酬の不渡りは他の餌も探せるアリにとって些細な問題であるのに対して、アリの裏切りは天敵による捕食などシジミチョウ幼虫にとっては死と直結する不利益をもたらします。実際に、シジミチョウ幼虫と同様に蜜をだす共生者であるアブラムシの例では、アリ側の事情でその価値が「低く」なると、アリはアブラムシの付き添いをやめたり食べたりしてしまうことが知られています。このような背景から、辻教授らの研究チームは、シジミチョウ幼虫が「気まぐれな」アリの裏切りを効果的に防ぐなんらかのメカニズムを持っているのではないかと考えました。
*自然選択:ある生物に生じた突然変異が自然環境によって選別され、生存に有利なものが生き残ること。
【研究の内容】
研究チームは、ムラサキシジミと付き添いをするアミメアリ(図1)を用いて、蜜を摂食したアリの行動を詳細に調べました。その結果、蜜を摂食したアリは歩行活動性を減少させてムラサキシジミの元に長く留まり、しかもより攻撃的になることがわかりました(図2)。つまりシジミチョウ幼虫は、アリに栄養の報酬を与えることで、単なる報酬のお礼以上の「ボディーガード」としてのアリの能力を高めていたのです。まだ詳しい研究が必要ですが蜜を食べたアリは巣に帰る様子がなく、巣の仲間のために餌集めをする本来の役目を放棄しているようです。
さらに研究チームは、アリが強力なボディーガードに仕立てられたかの詳細な仕組みを調べました。アリの脳内アミン量(神経伝達物質)を測定したところ、蜜を食べたアリでは脳内アミンの1種であるドーパミン量が減少していることがわかりました(図3)。ドーパミンは神経伝達物質として動物の様々な行動を調整していることが知られています。そこでドーパミンの放出を抑える薬物(レセルピン)をアリに投与しその行動を解析したところ、蜜を食べたアリと同様に歩行活動性が減少することが明らかとなりました(図4)。蜜の成分の詳細を明らかにすることは今後の課題ですが、蜜によってドーパミンが減少し、歩行活動性が減少することがはっきりとしました。
本研究によって、栄養報酬と防衛を互いに交換し合う互恵的な相利共生と考えられてきたシジミチョウ幼虫とアリとの種間関係が、栄養報酬を与える側による利己的な行動操作によりアリが協力的に振舞うように強制され、両者の種間関係が維持されていることが行動・生理的側面から明らかになりました。
【今後の展開】
ドーパミンは広く動物一般に共通し神経で働く生理活性物質であり、人間においても薬物であるコカインに対する依存症状やパーキンソン病の諸症状にもドーパミンの減少が関与していることが知られています。琉球大学の理事でもある西田 睦 博士(分子系統進化学)も「私たち人間と同様に昆虫もドーパミンを重要な機能を担う脳内物質として備え、しかもそれを他種が利用していることは興味深い。このことはドーパミンが進化の初期段階で既に脳の機能に深く関わっていたことを示唆しているのだろう」と述べています。
今回、ドーパミンの減少によるアリの行動変化の様相は様々な動物におけるドーパミンの機能的な保存性を示唆しており、今後シジミチョウとアリの共生において行動操作が生じた進化的・機能的背景を探っていくことは、ドーパミンの生理機能をより深く理解することにつながり、応用的にも興味深い知見が得られることが期待されます。
最後に「それにしてもアミメアリはだまされやすいアリだ」と辻教授は述べています。アミメアリには女王アリがおらず、働きアリだけで産卵し繁殖(単為生殖)します。そんなアミメアリには働かずに仕事をさぼるアリ(裏切り者)がいて、協力的なアリはさぼっているアリにだまされ、「仕事の穴を埋める」かのようにより一層働き過労死してしまうことが、辻教授や第一著者である北條 賢 博士(研究当時:琉球大学)らの以前の研究でわかっています。辻教授らは、このアミメアリという世界でも極めつけ「変なアリ」の研究を続けることで、さらに生物学的に興味深い発見をしていきたいと考えています。
リライト:昆 健志(研究企画室)
図1。ムラサキシジミとアミメアリ
(左) ムラサキシジミ幼虫に付き添うアミメアリ (右) ムラサキシジミ成虫
図2。ムラサキシジミ幼虫の栄養報酬がアミメアリの(A)歩行活動性および(B)攻撃性に与える影響
赤色・緑色・青色はそれぞれ蜜摂食経験アリ・未経験アリ・未報酬アリ(アリと接触したが蜜をもらっていない)を示す。
図3。ムラサキシジミ幼虫の栄養報酬がアミメアリの脳内アミン量に与える影響
(A)アミメアリ脳内アミンのクロマトグラム (B)ドーパミン (C)オクトパミン (D) チラミン (E)セロトニン
赤色・緑色・青色はそれぞれ蜜摂食経験アリ・未経験アリ・未報酬アリを示す。
図4。ドーパミン阻害作用を持つレセルピンがアミメアリの歩行活動性に与える影響
赤色・緑色・青色はそれぞれ蜜摂食経験アリ・未経験アリ・未報酬アリを示す。
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